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鳥取家庭裁判所 昭和34年(家)542号 審判 1960年2月08日

〔解説〕本件は、父母の離婚後親権者である母に引き取られて養育監護中の未成熟子の扶養料を、親権者でない父に対し支払を命じた一事例である。

周知のように、親の未成熟子に対する扶養義務は、夫婦間の扶養義務とともにいわゆる生活保持の義務といい、一般親族間の扶養義務たる生活扶助の義務とはその性質を異にし、親は子を養うことが、とりもなおさず自己の生活を維持することであるから、自己の生活程度を引き下げても、子が自己と同じ程度の生活を営むに足る扶養をなす義務を負うものであるといわれている。ところが現行法上この生活保持義務の根拠については明文の定めがないため、子に対する親権の有無等との関連において説が対立している。すなわち、多数説(註1)は「親が子に対し自己の生活程度を低くしてまで子を養う義務を負うのは親子という身分関係の特質そのものに由来するのであり、親権や、あるいは親子の共同生活の有無によりこの扶養義務の性質に異同を来すものではない」と主張するのに対し、少数説(註2)はこの根拠を親権の規定(民法第八二〇条)に求め親の子に対する生活保持義務は親が親権者として子と生活を共にし、子を養育監護する権利を有し義務を負うからであり、親権者でなく、子と生活も共にしていない親は一般親族としての扶養義務を負うにすぎない」という。

多数説に従えば、本件の場合仮りに親権者である母に子の扶養能力があつても、親権者でない父の扶養能力、換言すれば生活程度がより高いときには、子はその生活程度に達するまでの扶養を父に求めうることになるが、少数説に従えば、子の生活が安定しているかぎり子は父に対し扶養を求めることはできないし、また仮りに子の扶養の必要が認められるときにも、親権者でない父は自己の生活に余裕のある限度で子の生活を扶助すれば足りることになる。

本件審判は多数説の見解を踏襲したものである。

1 西原道雄 親権と親の扶養義務 月報八巻一一号二一頁

村崎満  親権者の子に対する扶養義務と非親権者の子に対する扶養義務ケース研究四四号一〇頁

岡岩雄  親子法をめぐる疑問 月報七巻二号一三頁

宮崎福二 親権と扶養 判例タイムズ七四号一七頁

松家   昭三三・一〇・二七審判 月報一一巻三号一四三頁

広家竹支 昭三三・一二・二三審判 月報一一巻三号一五八頁

広家呉支 昭三四・七・二八審判 月報一一巻一〇号

2 高松高  昭三一・八・二一決定 下民集七巻八号二二四八頁

申立人 山本孝男(仮名

相手方 山本哲夫(仮名)

主文

一、相手方は申立人に対し、本審判が確定した日より申立人が小学校に入学する迄、毎月金一、〇〇〇円宛をその月の五日限り前払をもつて支払うことを要する。但し、支払の始期が五日後となつた場合は、月末迄の日割計算による金額を即時支払うこと。

二、申立人の小学校入学以降の扶養料については、申立人において増額の請求をなす権利を留保する。

理由

本件申立の要旨は、申立人は相手方と藤田清子との長男として昭和三二年六月一九日出生したものであるが、相手方と藤田清子は昭和三三年一二月一一日協議離婚をなし、藤田清子を申立人の親権者と定めた。しかして親権者である藤田清子は、申立人と共にその実家である藤田たみ方に帰り、同家の農業の手伝をしているところ、同家は田九反を自作し、申立人の生活に余裕がなく、今後の生長に伴う学資等を考慮すると前途暗たんたるものがあるに反し、相手方は製材業に従事し、裕福な生活をしているので、相手方は申立人に対し、調停成立より申立人が昭和四八年三月義務教育を終了するまで、毎月金二、〇〇〇円宛の扶養料を支払うべしとの調停を求めるというにある。

よつて按ずるに

一、申立人が相手方と申立人の親権者である母藤田清子との間の長男として昭和三二年六年一九日に生れ、右両親が昭和三三年一二月一一日協議離婚し、申立人の母右藤田清子が親権者となり、現在その手許において養育されていることは、本件記録添付の戸籍謄本及び当裁判所調査官の調査の結果によつて明らかである。故に相手方及び申立人の母清子はいずれも申立人に対し扶養の義務を負い、而して申立人の母清子は親権者であるから、普通、申立人と生活を共にしてこれを扶養すべく、相手方は、普通金銭の支払をもつてその義務を果すべきものである。右扶養料負担の割合は、その資産、収入等によつてこれを決すべきものである。(この分担金の請求権は、被扶養者たる子のみならず親権者たる一方の親、本件においては申立人の母にも当然に帰属する)。

二、よつてこの点につき按ずるに、当裁判所調査官の調査の結果によれば、相手方は両親と同居し、父の事業たる製材業を手伝い一応その収入は月六、〇〇〇円と定められ、申立人の母清子もその母親の家に居住し、家業たる農業を手伝つていることを認めることができる。右手伝による収入は特に定められてはいないが、これはその収入として金額に見積るべきものである。当裁判所は請般の事情を綜合して月三、〇〇〇円と見積るを相当と考える。よつて相手方と申立人の母清子との申立人に対する扶養料の負担の割合は二対一となすべきものなのである。而して申立人の扶養の総額はその身分に応じ月一、五〇〇円程度と見るのが妥当であるから、相手方は月一、〇〇〇円の扶養料を負担すべきこととなる。

三、しかし、申立人は現在二歳余であり、小学校に入学するに至ればその費用は増額すべく、今日においては先ずそれまでの扶養料の分担を決定し、小学校入学以降の分はその時まで決定を留保するのが相当である。

よつて主文のとおり審判すべきものである。

(家事審判官 安武東一郎)

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